陸前高田再訪~遠野まごころネット再び(2)
9/30 遠野総合福祉センター~陸前高田市~遠野総合福祉センター
(前回の続き)
この記事には被災地の写真が掲載されています。ボランティアによる被災地の写真撮影は、被災した方々の心情を考慮して原則として禁止されています。しかし、今なお震災の深い傷跡の残る被災地の様子を伝えるために、許可を得て撮影しました。写真を見た方は今一度、何かできることはないか考えてみてください。
今日は前回ガレキ撤去をした、陸前高田での畑でのガレキ撤去を希望する。午後から雨の予報に不安。
遠野から陸前高田までバスでおよそ1時間。途中、「川の駅よこた」で休憩をとる。壁には震災前の失われてしまった陸前高田の写真が張られている。写真撮影をしていいと書かれているので撮らせていただく。
川の駅よこたをすぎると、徐々に津波の傷跡が目に入るようになる。落ちてしまった大船渡線の橋はそのまま。しかし、そこから河原一面を埋め尽くしていたガレキはなくなっていた。家の残骸や木の枝で地面が見えなかった場所とは思えない、グラウンドのようになっていた。やはり5月以来の2度目の陸前高田となるバスの隣の席の男性といっしょに、良かった良かった、と徐々に復興している姿を見て喜ぶ。
陸前高田市中心部。かつては大船渡線の陸前高田駅があり、商店や住宅のならぶ市街地だった。鉄筋コンクリートの建物を残して津波にさらわれた。そのうえ、土地が沈下し湿原のようになっている。
ガレキは重機によって撤去されている。
他の人々は畑の中のガレキを拾う。土を掘っても掘ってもガラスの破片がでてくる。
天気が悪いためいつもより1時間早く作業を終了する。最後に地区長さんから差し入れのミネラルウォーターを頂くが、ボランティア全員に水を配ったらかなりの額になりそうだ。複雑な気分ながらありがたく頂く。
ボラセンに戻ると全員参加のミーティングがある。今日の出来事や、今後の注意事項を報告する。被災した方々の生活の場が避難所から仮設住宅に移り、孤独死や自殺が問題になりつつあるとの話を聞いた。
とりあえずギネスビールを買う。
(次回に続く)
赤星山もおといこさんも地元で親しまれている山のようですね。調べてみたら行ってみた…