陸前高田で種まき~遠野まごころネットその5(2)
5/12 遠野~陸前高田~遠野
(前回の続き)
広い土地にひたすら種を蒔きつづける。種を蒔きながら隣のおかあちゃんとたわいもない世間話をしたり、震災のその時の話を聞いたりする。時々突風が吹いて、みんなの帽子が一斉に飛ばされ、畑を転がってゆく…
私は最初に陸前高田に来たときにこの場所をバスの中から見ている。ここは山を間にはさんで海とは4km以上離れている。しかし、川を遡ってきた津波に襲われ、田んぼだったこの場所は、地面が見えないほど家屋の残骸や潰れた自動車に覆われていた。現在ではすっかりガレキは撤去されているが、土には塩が残り、ヘドロや海砂、ガラスの破片が混ざって、そのままでは耕作ができない。そこで土壌改良をすると同時に、地元の方々に明るい気持になってもらうために、ひまわりの種を蒔く。
立派に育って、大きな花をつけますように。
菜の花畑の真ん中でみんなでお昼ご飯。和やかで穏やかな春の日。ここでこうしていると、この場所が津波に襲われ、多くの方が亡くなり、自分がその復興のお手伝いに来ていることを忘れてしまう。
おかあちゃんたちやボランティアの九州大学の学生達と話をする。「仕事があるのに週末ボランティアに来て働くなんて、チョー尊敬でカッコいいんですけど」と言ってくれる。いや、九州からバスで25時間かけてきた君のほうがかっこいいよ。
3時に途中で失礼して遠野へ帰る。遠くに奇跡の一本松をのぞむ。もう再生は期待できないらしい。残念だ。散らばっていたガレキはすっかり運び去られ、震災の傷跡は見えにくくなった。そしてかえって風景はのっぺりと空虚になった。
被災地で必ず見られる風景。ガレキが片付けられてできた荒涼とした原っぱと、その集められたガレキの山。
陸前高田市中心部方向。海のように見える水面は、地震により沈降した地に先日の豪雨の雨水がたまってできた。ここも空虚な空間が広がる。復興?いや、まだマイナス100が限りなくゼロに近づいている状態。
車は陸前高田市を後にし、隣接する住田町に入る。のどかな農村が広がる。春の里って本当にきれいだな。
今日は久しぶりに陸前高田を訪問できて本当によかった。地元の方々や他のボランティアといろいろ話をすることができた。
陸前高田にはいくつものNGO、ボランティア団体が入っているが、担当する地区が細分化され、それぞれの交流はほとんどないらしい。また、同じ陸前高田市内でも地区ごとに交流がなく、まるで違う自治体のようなところもあるらしい。情報を交換したり、人をまとめて作業に投入することが復興を加速すると思うが実にもったいない。しかし、これから交流の取り組みも徐々に始まるようだ。本格的な復興を控えて、その取り組みが実を結ぶことを願い、支援してゆきたい。
(次回に続く)
赤星山もおといこさんも地元で親しまれている山のようですね。調べてみたら行ってみた…