復興への道は険しい~遠野まごころネット4回目(4)


2/12 遠野~大槌町~遠野~大沢温泉

前回の続き)

この記事には被災地の写真が掲載されています。ボランティアによる被災地の写真撮影は、被災した方々の心情を考慮して原則として禁止されています。しかし、被災地やボランティアの様子を伝えるために許可を得て撮影しました。被災地は今なお復興の途上であり、たくさんの人々が頑張っていることを心に留めておいて下さい。

120212遠野ボランティア・宿泊所設備最終日の朝。6時起床。消灯が22時なのでいつもよりたっぷり寝て健康になった気分。
 朝起きてまず洗面台で顔を洗う。お湯が出てびっくりした。そして施設内にある給湯設備、電子レンジ、オーブントースターで朝食の準備をする。私はレトルトご飯を耐熱タッパに入れレトルト牛丼をかけ、スーパーで買ったエノキを刻んで入れて、レンジでチンした。
120212遠野ボランティア・宿泊所掲示板掲示板。ここにボランティアの求人や、被災地のニュース、遠野駅周辺のお店の情報などが張り出される。毎日チェック!
120212遠野ボランティア・まごころネット宿泊朝食を終え朝礼まで宿泊所でまったりのひと時。隣の人とおしゃべりをしたり、新聞を読んだり。
 今日は人が多い。そのせいか昨晩は暑くてシュラフのジッパーをあけて寝ていた。(良い子はまねしないように)
120212遠野ボランティア・朝礼前ラジオ体操朝礼の前に雪の中でラジオ体操。参加は自由だがほとんどの人がやっている。私も普段なら、斜に構えた高校生のごとく、「けっ、やってられっか」とか思うのだが、なぜかここでは渾身の力をこめてやってしまう。
120212遠野ボランティア・遠野市内現在の気温は-5℃。遠野の気温は沿岸部の被災地に比べて5℃以上低い。そして、冬型の気圧配置の場合、沿岸部は晴れていても、ここはこのように吹雪だ。積雪量は多くないものの、天気は変わりやすく概して厳しい。

120212遠野ボランティア・新日鉄釜石のガレキを燃やす煙

釜石市内に入る。ビルが取り壊され、撤去された跡地が増えている。しかし、津波に襲われた痕跡がそのまま残る家もまだ数多い。

冷え込みのためだろうか、新日鉄釜石の煙が濛々と大きく上がっている。休むことなく被災地から集められたガレキを燃やし続けている。

120212遠野ボランティア・大槌町のガレキ仮置き場

大槌町に向かう途中にあるガレキの仮置き場。住宅だったと思われる廃材のガレキが、海岸に沿って見渡す限り積まれている。ここに積まれているガレキでさえ想像もつかない量だが、このようなガレキの山が三陸海岸に沿って数知れず築かれているのだ。一説によれば被災した自治体だけで処理するには10年以上かかるという。

120212遠野ボランティア・大槌町コンクリートガレキの山

うず高く山のように積まれているのはコンクリートのガレキのようだ。真ん中にJR山田線の橋脚と思われる残骸が残っている。ここは以前は住宅地だったのだろうか?それとも商業地?工場?いずれにせよここで暮らしていた人にとっては心の痛む光景だ。

このようなガレキを被災した自治体だけで処分していては、震災復興が進まないことは想像に難くない。しかし、ガレキの処理を受け入れる自治体はほとんどない。その理由のひとつが放射能汚染の不安だ。(例えばここ「がれき搬入方針撤回を」2/18 読売新聞) しかし、岩手県大槌町は福島第一原発から東京とほぼ同じ220Km離れ、空間線量も東京都東部~千葉県北西部や東京都西部よりも少ない。(文部科学省「放射線量等分布マップ」)受け入れに慎重であることは大切だが、風評被害を恐れるあまり、逆に風評を広げるような態度は疑問だ。

震災直後の報道にあった、日本人の助け合う姿をもっと見せて欲しい。復興への道は険しい。

120212遠野ボランティア・折れたコンクリート製鳥居

海辺にある神社の鳥居は、太い鉄筋コンクリートの柱だったが、陸のほうへ折り倒されていた。

今日の作業は民家の片付け。建物自体は津波で完全に壊され、主だったガレキは撤去されてほぼ土台だけになっている。その土台がヘドロに覆われているため。掘り出してきれいに掃除する。誰でも自分の家が泥に埋もれたままではいたたまれない。できるだけきれいにして、少しでも家主さんの気持が明るくなればと思う。しかし、かなり大変だった。コンクリートや海岸から押し流された岩が混じったヘドロは黒く固く凍りついている。まずはつるはしで砕き、スコップですくい、一輪車にのせて捨てに行く。石炭の採掘のようだ。おまけに、あたりの建物はすべて津波でさらわれているため、遮るもののない海からの風が、ガレキの埃を巻き上げながら容赦なく吹き付ける。渋すぎる…

120212遠野ボランティア・大槌仮設商店街『福幸きらり商店街』お昼は大槌の「復興きらり商店街」へ。小学校の校庭にプレハブが建てられ、スーパーや飲食店、美容院が営業している。復興の芽はここにも。でも小学校は被災して閉鎖されている。
 なかなかの賑わいで飲食店はいっぱい。しかたないので、休憩所で持ってきたパンを食べる。休憩所ではニューヨーク在住経験のあるボランティア達が、海外生活の話で盛り上がっていた。う~ん、やっぱりツワモノ多し。

120212遠野ボランティア・民家の清掃終了

午後はまた民家の清掃をやって、2時半に終了。あ~、疲れた。頑張った。現場からトボトボと歩いて、バスの待つ駐車場に向かう。

120212遠野ボランティア・まごころの拠点、浄化センター4時ごろ遠野に戻ってきた。やっぱり雪だった。荷物をまとめ、お世話になった皆さんに挨拶をして、3日間過ごした浄化センターを後にする。

(次回、番外編に続く)

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