風化させない


あの日からちょうど9ヶ月。今朝、なんとなく見ていたテレビ番組で「震災の記憶の風化」が震災復興を阻む最大の要因になっている、と報じていた。風化が進めば世論の後押しがなくなり、復興対策が困難になるとのこと。

確かに、東京は普段の生活に戻り、ちょっと前に日本が未曾有の大震災に襲われたことなど、微塵も感じられない(原発以外はね)。そして、日常の会話からも震災の話題は消えた。

しかし、被災地では、津波で破壊された家、火災で焼け焦げたビルがあの日のまま残り、人々はその間で暮らしている。多くの人々が未だに震災の現場で生活している。

ある被災された方が言った。テレビで見る東京の街の映像は外国みたいだ、と。また、私が取材を受けた岩手日報の記者は言った。こんなに多くの人々がまだ苦しんでいるのに、被災地以外のメディアが報じてくれないのは、そして人々が忘れていくのが信じられない、と。

「風化」とは美しい言葉だ。敦煌の砂漠のヤルダンでは、長い年月をかけて激しい風に風化さた、不思議な形の岩々を見た。悠久の時をかけて自然が作り出したオブジェだ。

震災の記憶の風化?記憶は風化しない。記憶は自然の力で消えてゆくものではない。人が忘れるものだ。「風化」なんて美化してはいけない。

自分には関係ない、必要ない、と思ったとき記憶は忘れられてゆく。

本当に関係ないの?私はあると思う。日本はここ20年ほど社会的、経済的に徐々に衰退している。震災の復興がどれだけ迅速に進められ、どれだけ未来を見つめたものになるかが、日本の衰退を止められるか否かを占うものとなるだろう。それにはすべての日本人が復興に注目し続ける必要がある。

記憶は自然現象と違って、風化させないことができる。3月11日金曜日、街や車や人を飲み込む津波の濁流の中継、翌3月12日土曜日、1日中休むことなく次々と届けられる被災地の惨状、地面を覆いつくす瓦礫、泥にまみれた人々、燃え上がる街。それを見たときの気持をみんな忘れないで欲しいと思う。

111211陸前高田
10月28日 陸前高田市にて

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