釜石市へ~遠野まごころネット再び(1)


9/29 遠野駅~遠野総合福祉センター~釜石市~遠野総合福祉センター

この記事には被災地の写真が掲載されています。ボランティアによる被災地の写真撮影は、被災した方々の心情を考慮して原則として禁止されています。しかし、今なお震災の深い傷跡の残る被災地の様子を伝えるために、許可を得て撮影しました。写真を見た方は今一度、何かできることはないか考えてみてください。

110929遠野駅に下り立つほぼ半年ぶりに早朝の遠野駅に立つ。6月のボランティア参加(「災害ボランティア参加~遠野まごころネット(1)」)後もずっと被災地のことが気になっていた。震災から半年がたって、人々の震災の記憶が薄れつつあり、ボランティアの数も減っているという。
気にするくらいなら行けばよい、と言うことで再び復興支援NGO「遠野まごころネット」に参加してボランティア活動をすることにした。

110929遠野市早瀬川を渡る

遠野駅からボランティアセンター(遠野市総合福祉センター)まで徒歩で15分くらい。途中、遠野市を横切る早瀬川を渡る。天気予報は晴れ時々曇りだが、ここは深い霧。天気が悪いと活動が制限されるので雨だけは降らないで欲しい。

110929遠野市総合福祉センター近くのコンビニボランティアセンターに行く途中、国道283号線沿いにあるコンビニ。ここでお昼ご飯を買う。
国道沿いにはコンビにだけでなく、スーパーマーケットや飲食店、作業服の販売店まである。生活には困らない。

ボランティアセンターで受付をして、安全靴などの装備を袋につめ、作業の準備をする。前回は勝手が分からず戸惑ったが、今回はサクサク進む。7時半からの朝礼では代表より、仮設住宅に入居された被災された方々は、経済的に厳しい状況にあるとの説明を聞く。被災地での安全性についての説明は、今回だいぶ端折られていてピリピリとした緊張感は薄れてる。各作業隊の隊長の挨拶では半年前と同じ顔も見える。ご苦労さま。

今日は、特に復興支援が遅れているという、釜石市箱崎地区でのガレキ撤去を希望した。

釜石市箱崎地区は釜石市街の北の半島にある集落だ。半島全体が震災で沈下し、今なお沈下し続けている。そのため、満潮時で天気が悪いときには、集落へ続く海岸沿いの道は波をかぶり集落への道は絶たれる。そして行政による復興計画も最近まで立たず、行方不明者の捜索やガレキの撤去が遅れたそうだ。

110929小学校屋上より釜石市箱崎地区

箱崎の小学校の屋上からの海岸線。写真撮影はこの構図のみ許可されている。

更地になっているところは建物が津波によって海に流されてしまったところ。鉄筋コンクリートの建物数棟だけが残っている。この写真を撮った小学校の3階屋上も津波をかぶったということだ。写真に写されていない方向には、半壊した家並みが放置されている。6月の陸前高田のような状況だ。

箱崎地区にはまだ重機が十分入っていないため、ガレキ撤去はボランティアが主体だ。軽トラックをガレキの山に近づけるための、道路を作る作業を行った。すっかり晴れて暑い中、ボランティアのみんなは黙々と雑草を刈り、細かいガレキを土から掘り出し、道路を整地していた。

今日、私がガレキ片付けのお手伝いをしてきれいにした家や、ガレキを運ぶために作った道は、これから重機が入ればあっという間に更地にされてしまうかもしれない。結果だけ見れば、我々のやっていることはムダのように見える。しかし、隊長は訥々と語っていた。

「形だけみれば我々のやっていることはムダになるように思える、しかし、今、この時に被災した方々は自分の家を片付けて欲しいと思っている。だから、今、この時に被災した方々の思いに応え、安心して頂きたいというのが我々の思いだ。我々は行政よりも被災した方々の近くにいるのだ。」

なんてかっこいいんだ。

作業の後、住民の方々から差し入れを頂いた。地元の料理と袋いっぱいのサルナシの実だ。役立っているという実感が湧いて、ただただうれしい。

110929釜石市市内

釜石市内にも未だ生々しい津波の傷跡が残る。商店街の建物の1階部分は津波に襲われて、黒く廃屋のようになっている。傾いてしまって取り壊しを待つ建物もあちこちにある。戸口に犠牲者発見の×印が残っている建物もある。潰された自動車が空き地に置かれている。そのような状況のなか、釜石市の人々は暮らしている。

写真に写っている濛々とした白い煙。集められたガレキを焼く新日鉄の煙だ。

なんでいつまでもこんななんだろう。どうしたらいいのだろう。答えられない問いについて考えつつ、ボランティアセンターへの帰途に着く。

110929吉里吉里善兵衛明日も頑張るぞ!と夕食をガッツリとる。ボランティアセンター近くのとんかつ屋「吉里吉里善兵衛」。980円のカツ定食にサラダバーがついている。カツもやわらかく980円とは思えぬうまさ。

次回に続く)

2件のフィードバック

  1. LEO3 より:

    初めまして。いつも、楽しく拝見しております。
    被災地の写真をありがとうございました。
    禁止されているなんて知りませんでした。でも、いま、被災地のことが急速に忘れさられようとしています。なぜ、被災地の映像を禁じるのか、少々理解に苦しみました。

  2. 惰性人 より:

    LEO3さん、はじめまして
    コメントありがとうございます。
    被災地の撮影が禁止されているのは、ボランティアとは被災した方々の気持や、信頼を一番大切にしなければいけないからと理解しています。
    被災した方々が望まないことはできません。
    被災した方々は、ヘドロにまみれた自分の生まれ育った家や、大切な人を亡くした場所を、被災していない場所から来た見知らぬ人にむやみに写真に撮って欲しくない、という心情なんだと思います。
    被災地と撮影の関係はいろいろと考えさせられるものがありました。
    後ほど改めて書こうと思っています。

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