災害ボランティア参加~遠野まごころネット(1)


6/25 遠野駅~遠野総合福祉センター~陸前高田~遠野総合福祉センター

110625遠野駅前早朝6時半。ひっそりとしたJR遠野駅前で夜行バスを下りる。遠野といえば民話の里として有名だが、今回は観光ではない。
大きな荷物を持った人が数人がやはりここで下りた。おそらく、私と同じく災害ボランティアとして、ボランティア集団「遠野まごころネット」の拠点、遠野総合福祉センターに向かうのだろう。
110625遠野総合福祉センターへの道遠野駅から福祉センターまではおよそ徒歩20分の道のり。曇り空の下、バックパックを背負ってポコポコ歩く。途中、交通標識に「釜石」、「大船渡」と3・11の震災で甚大な津波の被害を受けた地名を見る。思わず緊張し、背筋が伸びる。
110625遠野総合福祉センター遠野総合福祉センターに着いた。駐車場にはたくさんの車が並び、玄関前にはすでに100人を超える人々が集まっていた。
県名が書かれたゼッケンをしている人もいれば、外国人の集団や、女子大生の集団もいた。

あわてて、正面玄関に入って受付をした。「遠野まごころネット」は震災復興の支援のために立ち上げられたボランティア集団で、志のある人の参加を随時受け付けている。誓約書を出して受付を済ませ、晴れて私もその一員となった。

何しろ、災害ボランティアは始めての体験で、現場についていくのやっとで、写真を撮っている余裕はなかった。また、被災地は被災者の方々の心情に配慮して撮影禁止。なので、ここからの写真はほとんどなし。

身支度を整え150人ほどが集まる玄前広場で朝礼。自衛隊の災害出動や阪神大震災の援助活動などの経験を持つ隊長(もちろんボランティア)から、オリエンテーションを受ける。

ガレキ撤去のために被災地に行くということは、まさに津波に襲われる可能性のある場所に行くことだと言われ、身が引き締まる。さらに、安全靴は安全ではない、衛生状態が悪いため、被災地ではちょっとした切り傷でも破傷風にかかる可能性がある、など安全についての注意や、被災者への心遣いなど様々な話を聞く。

一通りの注意とメンバーの紹介を受けた後、今日の派遣場所を決める。派遣場所と仕事の内容が読み上げられ、希望するものに手を挙げる。仕事はガレキ撤去から民家の清掃、写真の洗浄、炊き出しの支援など様々だ。「陸前高田」とニュースでよく聞く地名で手を挙げた。

4台のバスに分乗し、遠野から被災地の陸前高田を目指す。遠野から陸前高田まではおよそ1時間。とても大地震があったとは思えない、のどかな山間部をバスは列をなして進んでゆく。

しかし、休憩に立ち寄った「よこた川の駅」から先に進むと、徐々に景色が変わってゆく。進行方向右に気仙川が流れている。その河原は、洪水に流されたようにガレキに覆われ、ひしゃげた自動車が転がっている。そして、川にかかる鉄道の橋がぷっつりと途中で落ち、線路が何か強い力で引きずられたかのように捻じ曲がっている。

いったん、道路は川から離れ小さな丘を登る。そして頂上を越えて下りに差し掛かると、突然視界が開け、海岸に沿った陸前高田の平野が目の前に広がる。誰も何も言わない。バスの中は張り詰めた空気で押しつぶされそうだ。目の前に広がる、かつては街だったはずの陸前高田の平野には何もない。海まで視界をさえぎるものは何もなく、茶色く湿った地面続いている。いや、押しつぶされ、引きちぎられたガレキを除いては…

バスはガレキの間につけられた道路を進んでゆく。テレビで何度も見た、多くの人が亡くなった病院の建物が荒野にぽつんと残っている。海辺には4階建てのマンションが残っている。海に面した3階までの窓はすべてなく、その奥に建物の向こうの空が見える。輪のようにならぶ照明が、その水没した場所が野球場だったことを示している。防波堤だったと思われるコンクリートの塊が、海からわずかに頭を出している。高架道路の橋脚だけが建ち並び、その向こうに道路が放り投げられたように無造作に横たわっている。陸前高田駅があったはずだが、そこはひろい沼のように水が溜まっているだけで、どこにあったか痕跡すらない。その水には潰れた自動車が沈んでいる。道路の両脇には大量のガレキがマンションの3階より高く積まれ、見上げるような山になっている。

そして、空には赤いヘリコプターが飛び、海辺では長い棒を持った人たちが捜索している。

そう、ここは津波に襲われた現場で、今なお、現在進行形で被災地なのだ。最近、テレビや新聞で盛んに「復興」という言葉が使われるが、どこが復興なのだろう?むなしくなる。

市街からちょっと高台に上がったところが今日の作業の場所だ。安全靴を履き、軍手とゴム手袋をし、防塵マスクと眼鏡を身に着け、ヘルメットをして準備完了。班長から津波が来たときの避難について(とにかく高いところに逃げろ!)と安全についての注意、そして作業内容の説明を受けて作業開始。

まずは、公民館のガレキの撤去。ガレキと言っても建物はほとんど津波に流され、建物自体は床板が残っているだけ。そしてその周りにたくさんの木材やコードなどが散らばっている。建物の右側のガレキを撤去し、木材、ガラス、金属などに分別する。ひと班は十人くらいで、みなで一斉に作業に取り掛かる。みんな目的はただ一つ、復旧のお手伝いなので、誰もボケッとすることなく、黙々と協力しながら作業を進めていく。

ボランティアの安全、健康には特に配慮されていて、1時間に1度の全員休憩のほか、疲れたならば自分の判断ですぐに休憩を取るようにと念を押されている。できることをできるぶんだけ、がボランティアのモットーらしい。もっとも今日は気温が低く、材木を担いで歩いてもそれほど暑くならないので助かる。

1時間のお昼休みを取って午後の作業に入る。ちょっと段差があって重機が入りにくい場所のガレキの撤去。こちらは建物がぺシャンと潰れた格好になっていて、柱や梁などかなり重たい木材の運び出しになった。また、まわりにはガラスが散乱していて、津波の運んできたヘドロを手でかき分け、泥の中からガラスの破片を一つ一つ拾ってゆく。ヘドロの中から歯ブラシや人形が出てくる。ここに住んでいた人はどこに行ったのだろうか…

2時45分、事前の予定通り、今日の作業を終了する。みんな、まだまだ働けるよ~、というオーラを盛んに発しているが、帰ってやることがあるのできっちり帰る。泥の着いた安全靴をビニール袋にしまってバスに乗せ、人数を確認してバスは発進。ガレキの中につけられた道を戻ってゆく。

110625休憩した横田川の駅にて帰りも「よこた川の駅」で休憩。
本当にみんなご苦労さまでした。

福祉センターに戻って、17時から新しく参加した人のためのオリエンテーション。ここでの作業の内容や生活について説明を受ける。17時半からは全体ミーティング。今日ボランティアに参加したすべての人が集まって、今日の作業内容や、作業を通じて気付いたことを報告し、意見を交わす。ここにはお客さんはいない。ひとりひとり全員が主人公なのだ。

ミーティングが終了すると、本日の予定はすべて終了。温泉ツアーに参加し、バスにのって温泉に入りに行く。その後は近くの定食屋で食事。遠野は震災の被害が沿岸部に比べ少なかったため、コンビニや食堂、風呂屋など普通に営業している。本日の宿は福祉センターの体育館。床にマットを引いて寝袋で寝るが、大勢いるのに騒ぐ人もいないし、お湯も欲しいときに手に入るし、自動販売機もあるし、トイレも十分あるし、山小屋や途上国のバッパーよりはるかに快適だ。コンビニで買ってきたウイスキーの水割りで軽く一杯やって10時に消灯。

ボランティアの今日一日の流れ。

  • 7:20 受付
  • 7:30 朝礼、諸注意とリーダーの紹介
  • 8:20 陸前高田に向けて出発
  • 9:40 陸前高田の現場到着
  • 10:30 作業の説明の後、ガレキの撤去開始
  • 12:00 昼休み
  • 13:00 午後の作業開始
  • 14:45 作業終了、帰途に着く
  • 17:00 新人オリエンテーション
  • 17:30 全体ミーティング
  • 18:10 温泉ツアーに出発
  • 19:45 温泉ツアーから帰ってきて食事
  • 22:00 軽く一杯やって消灯

次回に続く)

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